どうして自分の人生を他人に委ねるのか?
Meguminさんのブログ、“プレアデスからのスピリチュアルメッセージ”からの転載です。
どうして自分の人生を他人に委ねるのか?
多くの人は自分の人生を生きていません。
ほとんどの人は、他人が決めた中で生きています。
他人が決めたこととは、何時から会社が始まり、何時に終わって、それから家に帰ってご飯を食べて、お風呂に行って、いつの間にやら寝る時間!
この繰り返しを飽きもせずに続けています。
会社に行ってない人も、大体毎日同じ事の繰り返しです。
朝ご飯の用意をして、掃除をして、お昼を食べて、買い物に行って、今度は夕食を作って、お風呂を沸かして、みんなが食べ終わると後片付けをして、いつの間にやら寝る時間!
まだ主婦なら自分の時間を作れるでしょうが、会社勤めの人は、ほとんどが言いなりです。
決まりを守らないと解雇されてしまいます。
それでもお金という奴隷代を貰うために、文句一つ言わずに働きます。
それ以外にも常識や世間体などの縛りもあります。
如何にしてのここから脱落しないかが重要であって、自分の人生は二の次になってしまいます。
私もこうして書いてはいますが、10年くらい前は立派な会社員でした。
毎月お給料を貰って生活していました。
それしかお金を得る方法が無かったからです。
免許も能力もない人は死ぬまで使われっぱなしです。
そして今は、農業を中心に生き方を考えるようになりました。
農業は労力の割に得るものは少ないですが、全て自分で決められます。
どのような作り方をするか、まで決められるのです。
私は自然農を選びました。
出来る限り自然に任せて、微生物中心の農法です。
勿論無農薬です。
この拘りが無ければ農業はやっていないと思います。
化学肥料や農薬を使う農業では、先がない気がします。
自然の力を十二分に発揮できるようにお手伝いするのが、私の仕事になります。
そのためには土壌改良が必要です。
有機物だけで無く、発酵液が中心の農業です。
10年前まで会社員をしていたときは、絶望感しかありませんでした。
こうして死ぬまで使われて、奴隷で生きて行くんだと思っていました。
でもあるきっかけで、田舎に戻ってきて、スピリチュアルなことも一段落したので、農業をすることにしました。
私の中の違和感は、高校を卒業して働き始めた頃からありました。
「私、何やってるんだろう???」
何時も好きでもない仕事をしている自分に問いかけていました。
仕事って何だろう?
生きるって何だろう?
自分が望んでないことをしているときの虚無感というか、諦めというか!
生きるためとは言え、望んでいないことをする時間が勿体なかった気がします。
時間の無駄!
他にいっぱいやりたいことがあるのに・・・・!
でも私のやりたいことでは食べていけなかったので、やりたくないことで暮らしていたのだと思います。
自分の人生を他人に委ねて生きる事って、とても楽なことなんだと思います。
だって時間通りに会社へ行って、仕事さえすれば生きていけるのですから・・・!
でも何かが違うのです。
これって本当に生きることなのか?
今思うと、今の方が生きている実感があります。
それは自分の人生を自分で決められるからです。
自由とは自分で決めることです。
そして豊かさって、心の豊かさの方が大事な気もします。
勿論お金も必要ですが、お金だけでは豊になれないように思います。
両方のバランスが大事なのではないでしょうか!
そして自分の人生を他人に任せるのでは無く、自分で決められると言うことは、もしかするとこの地球での課題なのかも知れませんね。
自由を取り戻すことは、スピリチュアルを理解すること、進化すること、悟ることなのかも知れませんね!
ほとんどの人は、他人が決めた中で生きています。
他人が決めたこととは、何時から会社が始まり、何時に終わって、それから家に帰ってご飯を食べて、お風呂に行って、いつの間にやら寝る時間!
この繰り返しを飽きもせずに続けています。
会社に行ってない人も、大体毎日同じ事の繰り返しです。
朝ご飯の用意をして、掃除をして、お昼を食べて、買い物に行って、今度は夕食を作って、お風呂を沸かして、みんなが食べ終わると後片付けをして、いつの間にやら寝る時間!
まだ主婦なら自分の時間を作れるでしょうが、会社勤めの人は、ほとんどが言いなりです。
決まりを守らないと解雇されてしまいます。
それでもお金という奴隷代を貰うために、文句一つ言わずに働きます。
それ以外にも常識や世間体などの縛りもあります。
如何にしてのここから脱落しないかが重要であって、自分の人生は二の次になってしまいます。
私もこうして書いてはいますが、10年くらい前は立派な会社員でした。
毎月お給料を貰って生活していました。
それしかお金を得る方法が無かったからです。
免許も能力もない人は死ぬまで使われっぱなしです。
そして今は、農業を中心に生き方を考えるようになりました。
農業は労力の割に得るものは少ないですが、全て自分で決められます。
どのような作り方をするか、まで決められるのです。
私は自然農を選びました。
出来る限り自然に任せて、微生物中心の農法です。
勿論無農薬です。
この拘りが無ければ農業はやっていないと思います。
化学肥料や農薬を使う農業では、先がない気がします。
自然の力を十二分に発揮できるようにお手伝いするのが、私の仕事になります。
そのためには土壌改良が必要です。
有機物だけで無く、発酵液が中心の農業です。
10年前まで会社員をしていたときは、絶望感しかありませんでした。
こうして死ぬまで使われて、奴隷で生きて行くんだと思っていました。
でもあるきっかけで、田舎に戻ってきて、スピリチュアルなことも一段落したので、農業をすることにしました。
私の中の違和感は、高校を卒業して働き始めた頃からありました。
「私、何やってるんだろう???」
何時も好きでもない仕事をしている自分に問いかけていました。
仕事って何だろう?
生きるって何だろう?
自分が望んでないことをしているときの虚無感というか、諦めというか!
生きるためとは言え、望んでいないことをする時間が勿体なかった気がします。
時間の無駄!
他にいっぱいやりたいことがあるのに・・・・!
でも私のやりたいことでは食べていけなかったので、やりたくないことで暮らしていたのだと思います。
自分の人生を他人に委ねて生きる事って、とても楽なことなんだと思います。
だって時間通りに会社へ行って、仕事さえすれば生きていけるのですから・・・!
でも何かが違うのです。
これって本当に生きることなのか?
今思うと、今の方が生きている実感があります。
それは自分の人生を自分で決められるからです。
自由とは自分で決めることです。
そして豊かさって、心の豊かさの方が大事な気もします。
勿論お金も必要ですが、お金だけでは豊になれないように思います。
両方のバランスが大事なのではないでしょうか!
そして自分の人生を他人に任せるのでは無く、自分で決められると言うことは、もしかするとこの地球での課題なのかも知れませんね。
自由を取り戻すことは、スピリチュアルを理解すること、進化すること、悟ることなのかも知れませんね!